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やる気なく、何もする気が起きない。幸いなことに今日は休みなので一日中ひきこもっていようかとも思った。何もしないでグーグー寝る……でも、朝ごはんを食べて風呂に入るといつものように朝活でイオンに行きたくなったので行く。どのようなコンディションであろうと、なすべきことをなす。これは仕事から学んだことでもある。この日記にしても、書きたくない時もある。でも感情に流されずにやるべきことを淡々とやる。そうしていると、身体が自動的に反応して仕事やその他のタスクをこなす。後は流れに任せるままだ。イオンで『ダンス・ダンス・ダンス』を読む。それにしても、この長い小説は何を語ろうとしているのだろう? 確かによくできたというかウェルメイドな小説だが、何らかの教訓を語ろうとはしていないようだ。しかし、物語として面白ければそれでいいとも言える。ひと時、心を彷徨わせるために物語を読む……そうした経験も必要なのだろう。80
昭和の家事というライブ映像をみて疲れている。。たらいで洗濯、着物を解いて布団に変える。。テレビもなく殆どのことを手作業で行うのは、時間に余裕があれば楽しいだろうが毎日となると、どうだろうこの時代は和服のほうが圧倒的に楽かもしれない
はじめましてのご挨拶、フラッシュなご挨拶次にくるワードが当てられるかな?このブログは短文で完結させる心がけで使いたい
今観たい映画はみっつここに書かないのはみっつ目のタイトルが思い出せないからだ!
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概日リズム睡眠障害ってつらいですよね、私は基本的に朝起きるのが苦手で睡眠時間が徐々に後退していくのが日常です。夜中まで眠れないパターンになった時に朝早く予定が入ると絶望し約束を守るために眠らずに過ごす方も多いのではないでしょうか。私はそんな時サウナを利用します、サウナで仕上がってぐっすり快眠、それが本日のテーマです。サウナってみなさんいけ好かないですよね?「ととのう」って私好きじゃないので仕上がるって言ってます、心のなかで。私の入り方はサウナと水風呂の交互浴です。サウナ→水風呂→外気浴を無理をせずに繰り返すというのが一般的な入り方かと思います。私も基本は同じですが限界までサウナや水風呂に入るのが特徴で、外気浴を度々すっ飛ばします。具体的に書くと、サウナ(限界まで)→水風呂(脳が冷えるまで)→水分補給(寝転がりたくなったら場合外気浴)→サウナ(限界まで)を大体6ループします。何分とか関係なく
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近々、知人を相手に断酒会について話すことになった。どこから話そうか考えている。中島らも『今夜、すべてのバーで』を読み返そうか……断酒会に所属して酒を断って6年になろうとしている。止め始めた時はここまで続くとは思っていなかった。もちろん、一旦呑んでしまったらカップ1杯のお酒であってもアウトだと聞いている。チョコレートの中に入っているようなお酒でも危ないらしい。大好きだった甘酒も呑めないのだった。まあ、仕方がない。酒を止めたあとの生活の幸せさを考えたら贅沢は言えないな、と思っている。ああ、随分お酒を呑んだものだ……大学卒業を控え、就職活動をしていた頃のことだ。当時は自分が発達障害だと全然知らなかったもので、就職氷河期にぶち当たってしまって就職が決まらず、やけくそになって一日の終わりにビールを呑み始めたのだった。それが続いた……実家に帰ってニート暮らしをしていた時も、仕事を始めてからも私は病的な
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今日はオフだった。朝、図書館に行って赤瀬川原平『世の中は偶然に満ちている』を借りる。読んだのだけれど、タイトル通り著者が「偶然」出会った人々や出くわした出来事について記録した日記および夢日記をまとめたもので、なかなか面白かった。「偶然」起こる出来事について「そういうこともある」「それが『世の中』だ」とあっけらかんと受け容れ、楽しむことが貫かれており著者のそんな柔軟さが心地よく感じられる。この楽しむ姿勢があればこその「老人力」の発見にもつながったのだろう。私も愛すべき「偶然」を探したくなった。この日記の方向性についても考えさせられた。私はいつも「思っていること」を書いているわけだけれど、たまには「起きたこと」も記録してもいいのではないかと思ったのだ。赤瀬川原平の日記の影響かもしれない。もちろん赤瀬川原平の日記のようなファニーな偶然なんてそうそう起こらないのだけれど、毎日毎日同じように自分の思
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2022/01/25ああ、どうしてなのだろう……どうしても人と違ってしまう。高校生の頃、他のクラスメイトがB'zだドリカムだとメインストリームの音楽に素直に入っていっていた時に、私はそういう音楽が何度聴いても耳に入らないでいた。くだらない、というわけではない。どちらもクオリティはお世辞ではなく相当に高い。海外にだって立派に通用する音楽だと思う。だが、私は全然心の琴線に触れるものを感じなかったのでひとりでフリッパーズ・ギターだb-flowerだピチカート・ファイヴだ……といった音楽を聴いていたのだった。今で言う渋谷系、というやつだ。読書にしたってそうだ。当時ベストセラーだったのはなんだったか覚えていないのだけれど、私はそんなあぶくのようなベストセラーを読んでも全然面白いと感じなかった。ベストセラーをコケにするつもりはない(いや、当時の私ならベストセラーを「衆愚」「愚民」の書としてバカにしてい
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今日は天気が良かった。前にも書いたことだが、天気が良いと酒に呑まれていた頃のことを思い出す。私は車を運転できない。発達障害故の不器用さによるもので、だから天気が良い日、他の人がアウトドアだ行楽だとドライブを満喫していた時に、私はどこにも行けないでひとりで家で酒を呑んでいた。自分なんて生まれてこなければよかったと思い、酒で死ねればこんなにいいことはないとも思い、ひたすら世の中を呪った。実につらい日々だった……だから私には青春時代の思い出がない。一番楽しいはずの20代・30代の記憶がなく、なにをしていたか思い出せない。知人で、10年以上にわたるひきこもりを経験した人が居る。彼は今ひきこもりを脱し、同じようにひきこもりで苦しんでいる当事者や家族の方を支援する活動をしている。講演を行ったり、ZOOMを使った「電子居場所」を作ったりしているようだ。彼のそうした活動を知ると私も励まされるのを感じる。私
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GoogleKeepを使い始めることにして、最近いろいろ約束事や日記のログなどを登録している。実を言うと、Discordで出会った知人からExcelの中に思いを吐き出したり予定を書き込んだりすることを薦められていて、私もExcelを使ってみたのだけれどハードルが高く、到底私の手に負えるものではない。なのでGoogleKeepに落ち着いた。GoogleKeepだとグーグルカレンダーとも同期しているので予定を書き込みやすい。これでうまくいくかどうかわからないけれど、なにもしないよりはマシと思って始めてみた。さて、吉と出るか凶と出るか。本を一冊読んだ。沢木耕太郎『銀河を渡る』という本だ。沢木耕太郎の本はそんなに熱心に読んだ読者ではない。彼のノンフィクションは面白そうだと思うが読めておらず、したがって私が読むのは彼の映画評やコラムばかりだ。いつも彼の書くものには独自の美学を感じ、それが卒なく貫かれ
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内田百閒『冥途・旅順入城式』を読み終える。やはり恐ろしい短編集だ。そして、語り口が巧い。百閒の作品は夢の論理でできていると思う。夢の中の論理……それは夢の中に生きているならその夢の中の荒唐無稽な論理を受け容れざるをえない、ということだ。夢の中で「これは夢だ」とわかっていても、その夢から出ていく術がわからずしたがってどんな荒唐無稽なものが現れても、どんな不条理なことが起きてもそれを自分からコントロールする術がない以上付き合わざるをえない、そんな夢の論理なのだと思う。こうした夢を描いた達成はなかなか得られないものだと思う。その意味で百閒の作品は貴重だ。百閒の作品を読み、そして小説としてポール・オースター『ムーン・パレス』を読んだ日々のことを書いている。早稲田に居た頃のことを思い出してしまう。私は当時音楽と小説を好む青年だった。当時から既に生きることに絶望しており、酒こそ呑んでいなかったものの憂
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山本一生『百間、まだ死なざるや』を読み終える。昨日も書いたが、思い起こせばあれは私がハタチ頃だったか、当時私は小説家志望の学生だった。作家への指南書を読んで内田百閒の『冥途・旅順入城式』が必読書の中の一冊に挙げられているのを読んで、早速岩波文庫に収められている一冊を買い読んだのだった。それまで百閒のことは全然知らなかったので、『冥途・旅順入城式』を読んで夏目漱石『夢十夜』にも通じる恐ろしい(この「恐ろしい」は、「怖い」というのもあるし「崇高な」という意味も含む)世界に度肝を抜かれた。爾来、折に触れて私はこの『冥途・旅順入城式』及び『東京日記』の文庫本を読み返してきた。ハタチ頃に買った文庫本はコートのポケットに入れて持ち歩いていたためボロボロになってしまった。何度読んでも飽きが来ない。オチが分かっていても面白く感じてしまうのだから、百閒の語りはさながら古典落語にも似た独自の巧さ/旨さを備えた